意見陳述(最終期日) 原告補佐人:敷島 篤子さん

意見陳述  原告敷島祐篤(よしずみ)の母 敷島篤子

政府との和解ということで訴訟が終結することになった今、私は、正直言って期待よりも不安のほうが大きいことに気づきます。

なぜならば、今の社会の矛盾の中で弱いものに寄り添った姿勢を政府は見せているだろうか、目先のことばかりに終始しているのではないかと思えてならないからです。

私たちはこれまでずっと「私たちのこと抜きに、私たちのことを決めないで!」と訴えてきました。
国にこの声が届いたことで、政府も、障害者を支えるための今後の新法作りについて、私たちの声を聞きながら進めてゆくと約束してくださいました。
けれども、新法作りが実際にどのように進んでゆくのか、どのような内容の新法が作られるのか、今の段階では何も確証がありません。




私たち障害者とその家族は、政府からもこれまでも何度となく裏切られてきました。
私の不安が、単なる取り越し苦労で終わるように、私自身、これから政府の動きをしっかり見守っていかなければならないと思っています。

今回の国との基本合意と訴訟上の和解がなされたことで、障害者を取り巻く問題は解決したのだと誤解されている方もおられるかもしれません。
しかし、安心して暮らせる社会には決してまだ到達しているわけではありません。
よしと私を取り巻く現状には何ら変わりはありません。
私は、今もってこの子を置いて死ぬわけには行かない!という思いを抱かざるをえない状況にあります。

よしは、毎日送迎していただくことで工房まるに通えていますが、家にいる間の日常的な作業については、一人では何もできません。
よしはお風呂が大好きで2~3時間も入っていることもありますが、自分でお風呂を沸かしたり、着替えを用意したりすることはできません。
よしが休日に外出するためには、母親である私がすべての段取りをした上で、付き添いを誰かにお願いしなければなりません。
このように、とても一人では生きていけないわが子を残して、私がいなくなることができるでしょうか。

おまけに、よしは生まれつき心臓が悪く、もう少し年をとってきたらまた心臓の手術をしなければならないと主治医に言われています。
そのときに、よしのわずかな年金の中から医療費を取るようなことは絶対にしてほしくないです。
もし私が死んだ後に手術をすることになったとしたら、買い物も一人でできないよしが、入院や心臓の手術にあたってどんな思いで過ごすことになるのか。
きっと、不安で、怖くて、一人ぼっちで哀しい気持ちで手術に向かうだろうと想像するだけで、絶対に私はよしよりも先に死ぬわけにはいかない!という思いがさらにつのります。

すべての市民に平等権と生存権を保障している憲法を国がしっかりと守って、1日でも早く、どういう障害があろうと安心して生きていける社会、よしが一人でいても不安なく暮らしていける社会を実現してほしいと思います。

私は、社会の中で自分が一人ぼっちであるかのように感じることが一番の苦痛でした。
私とよしは、生活をする中でたくさんの人たちと出会い、多くのつながりを持つことができました。
しかし、今の社会では、まだまだ多くの場面で障害者やその家族は取り残されており、孤立させられています。
これから制定される予定の新法では、障害者とその家族が孤立することなく、いろんなところでつながってゆけるシステム作りをぜひ実現させてほしいと思います。

そして、障害者やその家族が社会とのつながりを作るためには、福祉施設とそこで日夜働いている施設職員の存在が絶対に欠かせません。
福祉施設と施設職員の存在は、私たち家族にとっても命綱です。その命綱を切らないためにも、政府には、福祉施設職員の労働条件アップにも最優先で取り組んでいただきたいですし、1日でも早く事業所報酬の日払い制度を撤廃して、原則月払いとする制度に戻してほしいと思います。

私の願いは、たとえ私が死んだとしても、よしが大好きな工房まるに通いながら、まるのメンバーや世話人の人たちと一緒に、一人の大人として、自由で、だけど規律のある生活を送ってほしいというものです。
よしが一人ぼっちにならない社会になってほしい、そういう社会にするための新法を作ってほしい。
これが、よしの親として、今私が新法に対してもっとも望んでいることです。

この子を置いて死ぬわけには行かない・・・という思いを、もうしなくてもいいようにしてください。
このことを心から願って意見陳述を終わります。
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by ymce | 2010-04-19 10:37 | 意見陳述関連
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